白川義員作品集『永遠の日本』

出口治明氏の『還暦からの底力』が生き方のヒントになったのに対し、写真集で感銘を受けた”いの一番”が表題の作品集。もちろん他にも素晴らしい写真家や作品集が多くあるが、まずはここから始めたい。作品集本体(下左)とは別に[解説編](下右)が付いており、著者も内容も豪華なのでこの中から抜粋する。

写真集本体
解説編

序 日本列島、人間の意識の根底に迫る 山折哲雄

以前、日本列島を3000m上空から撮影したビデオを見たことがある。それを見て驚いた。涯(はて)しのない大海原、陸地は森また森、山また山のつらなりがどこまでもつづいていたからだ。稲作農耕社会の痕跡も人間の手になる人工物の影も消え失せていたのだ。しかしもしも飛行機が1000m上空まで降下したら、農業革命以降の文化と称する人間たちの営為の結晶が立ちあらわれてくるだろうし、さらに500mまで舞い下りると、こんどは産業革命以降の工場群や大都市の景観が飛び込んでくるに違いない。

そんな想像の翼が回転しはじめたとき、ああ、とわが胸をたたいた。この日本列島はまさに三層構造でできあがっているといると気がついたからだ。海洋と山岳と森林をベースとする縄文的世界が基層に横たわり、その上に弥生的農耕社会が中層をつくり、最上層が近代社会のさまざまな装置によって構成されている。日本列島の三層構造は、われわれ日本人の意識の三層構造を形成することにつながったのではないか。深層には森林と海洋によって培われた死生観や世界観が植えこまれ、中層では農民に固有の人間観や宇宙観が育まれ、最上層においては近代的な価値観や思想が継ぎ木されている。

日本列島人の精神性を生み、その強度を鍛えあげた源泉こそこのような意識と価値観にもとづく三層構造ではなかったのか。なかでもその最深層に横たわる、無意識の意識といってもいいような縄文的意識によってでき上がった自然観が、もっとも根源的で重要な役割をはたしたのではないか。そのように考えたとき、その縄文的無意識世界に内包される宇宙観と世界観をこの日本列島の自然景観の中に探り出し、その千変万化する個性的な風土をカメラの目を通して映像化したのがほかならぬ白川義員だった。

たとえ3・11の大震災の後であったとしても、氏は醜悪な人工物に囲まれた自然から離脱し、離陸しようとした。それというのも氏は、自然そのものに内在する美と神秘の世界に近づこうとする志と情熱を片時も手放すことがないからだ。自然の荘厳と深層に接近したいというやみがたい欲望が氏を駆り立てるのであろう。惨事と悲劇の中から、人間の本来のあり方を救出し再発見するための、究極の視点を獲得しようとしているにちがいない。

とりわけ本写真集においては、海や山、森林や渓谷、高原や湿原の原風景を通して「永遠の日本」に到達しようとする願望と強固な意志が全編にわたって行きわたり脈動している。われわれ日本列島人は、太古の昔から、その原風景ともいうべき海と山に囲まれて、この狭小な島国に生きつづけてきたことをあらためて思わないわけにはいかない。

はじめに 白川義員

私はこれまでに”地球再発見による人間性回復へ”を基本理念として10作の仕事を完成させました。1969年出版の「アルプス」から「ヒマラヤ」「アメリカ大陸」「聖書の世界」「中国大陸」「神々の原風景」「仏教伝来」「南極大陸」「世界百名山」「世界百名爆」であります。それらの全ての仕事を通して第1の目的は”地球再発見”第2の目的は”人間性の回復へ”それに各々第3の独自の目的がありました。今回、第3の目的に”日本再発見による日本人の魂の復興へ”を掲げ、5年がかりで「永遠の日本」に取り組みました。

143ヵ国と南極大陸の撮影を終え、50年ぶりに日本に帰ってきて最も衝撃を受けたのは、親殺し子殺しは日常茶飯事で、通り魔による大量殺傷事件です。それは人間が終始ビルディングの谷間を右往左往し醜悪な人工物に囲まれて、自然の一部である人間が自然から隔離された生活をしているから他なりません。あの真っ赤に輝く感動的な日の出の太陽も日没の風景も見たことがないのです。かつての日本人は勤勉誠実で真面目で努力家、そして繊細な感性や美徳を持っていました。

さて、人間と動物を分ける唯一絶対の違いは人間には人間精神があることでしょう。では人間精神を人間はいかに獲得したのかです。それは自然が発するメッセージを感得する感性が人間だけにあったからです。300万年前昔の人間は、自然が常々森羅万象と共に発信し続けている凄絶な感動と深遠な畏れを日々感得する過程で、自然とその背後にある巨大で偉大な精神の存在を信じ、ついに信仰心を持って畏れを獲得したのです。自然と全く隔絶された人工社会に沈潜したまま、大自然が演ずる壮大なドラマに感動する機会もなければ、衝撃を受ける体験もなく、自然とは無縁の根なし草となって漂っているところに、現代社会の精神の荒廃の根源を見るように思うのです。

「永遠の日本」は、我が祖国日本の自然はかくも偉大で崇高で永遠なのだ、どこまでも鮮烈で壮厳で永遠なのだという事実を見ていただいて、日本人の誇りと魂を復興する一助になりたいと心からの願いを込めて制作しました。

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最後に1枚だけ写真を紹介します。もっとすごい写真が一杯あるのですが、近くにある馴染みの大山の写真から1枚(下の写真)。僕もいつかこんな写真が撮りたい!

大山夕照
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