この大作もいつかは読みたいと思っていた本で、ようやく読了したので簡単にまとめておきたい。この本は、表紙の副題にあるように「ローマ帝国、マヤ文明を滅ぼし、米国、中国を衰退させる土の話」で、また帯には「土が文明の寿命を決定する!」「文明が衰退する原因は気候変動か、戦争か、疫病か?古代文明から20世紀のアメリカまで、土から歴史を見ることで社会に大変動を引き起こす土と人類の関係を解き明かす」とある。因みに、モントゴメリーはワシントン大学地球宇宙科学科・地形学研究グループ教授で、地形の発達および地形学的プロセスが生態系と人間社会に与える影響を主要なテーマとする。
泥に書かれた歴史
多くの文明は以下のような共通の筋をたどっている。
- 最初、肥沃な谷床での農業によって人口が増え、それがある点に達すると傾斜地での耕作に頼るようになる
- 植物が切り払われ、継続的に耕起することでむき出しの土壌が雨と流水にさらされるようになると、続いて急速な斜面の土壌浸食が起きる
- その後の数世紀で農業はますます集約化し、そのために養分不足や土壌の喪失が発生すると、収量が低下したり新しい土地が手に入らなくなって、地域の住民を圧迫する
- やがて土壌劣化によって、農業生産力が急増する人口を支えるには不十分となり、文明全体が破綻へと向かう
このように、土壌浸食が土壌形成を上回る速度で進むと、その繁栄の基礎—すなわち土壌—を保全できなくなり文明は寿命を縮める。
地球の皮膚
では、土壌侵食や土壌形成はどのようにして起こるか?最初に当ブログでも紹介したダーウィンの最後の著書『ミミズによる腐植土の形成』の結論である「国中のすべての腐植土は何度もミミズの腸管を通ってきており、これからも通る」との説を紹介している。ミミズは枯れ葉を細かくするだけでなく、小さな岩をも砕いて(胃の中のフミン酸で消化して)鉱質土壌に変え、地表に運び上げていた。ダーウィンの死後数十年経って、アイソスタシー(地殻均衡)という、浸食が地中深く埋まっている岩の上昇を誘発するプロセスが、地質学の概念の主流に加わった。浸食が物質を取り去るだけでなく、岩を地表に引き揚げて、減った高さの大部分を補っている。土壌の厚みは、浸食と土壌を生成する岩石の風化のバランスを反映している(下図)。

ダーウィンのミミズに加えて、興味深いさまざまな物理的、化学的プロセスが土壌作りを助けている。土壌生成をつかさどる5大要素は、母材(岩)、気候、有機体、地形、時間。土壌侵食も同様の要素によって決まる。土層の違いは以下のOABC層位で表記される(下図)。

- O層位:地表に見られる一部分解された有機物の層。層の厚さは植生や気候によってさまざまで、主に落ち葉、小枝、その他無機質土壌の上に落ちた植物性の素材でできている
- A層位:分解された有機物が無機質土壌と混ざった養分に富む層。地表かその近くにあって黒く、有機質を豊富に含んでおり、ふつう私たちが泥と考えているもの。もろいO層位とA層位は、雨、表面流去、強風にさらされると容易に浸食される
- B層位:そのすぐ下のB層位は一般に表土より厚いが、含まれる有機物が少ないのであまり肥沃でない。下層土と呼ばれるB層位は、粘土と土壌にしみ込んだ陽イオンを徐々に蓄積する
- C層位:その下の風化した岩石
高濃度の有機質と養分は、発達したA層位を持つ土壌をもっとも肥沃にする。表土では水分、熱、土壌ガスの良好なバランスが植物の急速な成長を促す。反対に、一般的な下層土(B層位)では植物の根が貫通できないほど堅い粘土が過度に集積しているか、低いpH値が作物の成長を阻害するか、鉄、アルミニウム、カルシウムを多く含んだセメントのような硬盤層ができている。表土を失った土壌は一般に生産力が低い。
(僕の注:続いて以下の章で世界各地の土の文明史が詳しく語られており、大変面白いが膨大すぎるので略す。いつかまとめられたらいいな♪。最終章で文明の寿命についての未来予測が語られているので、ポイントを挙げたい。)
文明の寿命
地球がどれくらいの人口を支えることができるかは諸説あり不明だが、化石燃料を枯渇させてしまったとき、食糧生産が大幅に落ち込むのを防ぐには、土壌肥沃度が保たれるように農業を根本的に改革するか、もし化学肥料への依存を続けるなら安価なエネルギー源を大量に開発する必要がある。しかし私たちが土壌そのものを浸食させ続けるならば、未来は見えている。
社会が持続する条件
歴史を読み解けば、政変、過酷な気候、資源の濫用のどれか一つ、あるいは複数が組み合わされば社会が転覆しうることが分かる。恐ろしいことにこれからの1世紀、気候パターンの変動や石油の枯渇が、土壌浸食および農地喪失の加速にぶつかって、上記の3つすべてが同時発生する可能性に直面することになる。もし世界の肥料や食糧生産がつまづいたら、政治的安定はまず持たないだろう。
農業社会に特徴的な繫栄と衰退の循環を回避するには、人間一人を養うのに必要な土地の面積を継続的に減らすか、人口を抑制して土壌生成と浸食のバランスを保つような農業を構築するしかない。
食料供給のシナリオ
まずは耕作可能地がどれだけあり、未利用の土地がいつ使い果たされてしまうかだが、現在農業生産が行われているのは約15億ヘクタールで、長期的に使える未耕地はもはやない。第二に、人間一人を養うのに必要な土壌だが、現在は約60億の人口に対して15億ヘクタール、一人養うために0.25ヘクタールの農地を要している。1950年以前、世界の食糧増産の大部分は耕地面積の増加と農地管理の改善で得られていたが、1950年以降は、機械化と化学肥料の集中的使用(いわゆる緑の革命)に由来している。だがそれ以来、収量の増加は鈍くなり、ほとんど行き詰まった。戦後の大幅な収量増加は終わったようだ。
求められる新しい農業哲学
必要なのは新しい農業のモデル、新しい農業哲学である。有史以来、農業には何度か革命が起きた。ヨーマンの革命はローマの土壌管理法を学び直すことに立脚しており(僕の注:ヨーマンとは英国の独立自営農民。中世末期の封建制の解体期から台頭し、ジェントリーと零細農の中間に位置した中産的生産者層)、農芸化学と緑の革命は化学肥料と農業科学技術の上に成り立った。今日、不耕起および有機農法の採用の増加が、土壌保全を基礎に置く現代の農業革命を促進している。新しい農業の哲学的原理は、土壌を化学システムとしてではなく、地域に適応した生物システムとして扱うことにある。それは最新の遺伝子操作技術と同じくらい科学的であり、ただし化学と遺伝子ではなく生物学と生態学に基づいている。土壌、水、植物、動物、微生物の複雑な相互作用に立脚した農業生態学は、画一化された製品や技術を使用するよりも、地域の条件と背景を理解することに依拠する。それは地域に根ざした知識に指導された農業を必要とする。
農業を現実に適応させる
農業における土地倫理への関心の高まりは、生産の場と消費の場の距離を短縮しようとするスローフードと地産地消運動として具体化している。石油が高騰するにつれて、地球を半周して食糧を輸送するのは無意味になってくるだろう。農業の非グローバル化はますます魅力的で効率的になるだろう。
都市農業の可能性
産業化以前の歴史の大部分を通じて、都市の廃棄物は主に有機物であり、都市および準都市農園の土壌を肥やすために戻された。都市農業は急速に成長しており、世界中で8億人以上が多少なりとも都市農業にかかわっている。開発途上国だけでなく、1990年代末にはいくつかのアメリカの都市では10世帯にひとつが、モスクワでは三分の二の世帯が都市農業に携わっていた。都市農業は新鮮な農産物を収穫したその日にうちに都市の消費者に届けるだけでなく、都市の廃棄物処理問題と費用を軽減する。ゆくゆくは、近代的下水道の終端を改修して、家畜や人間の排泄物を土壌に戻すことで栄養循環を閉じることもやる価値があるだろう。
飢餓問題への対処法
開発途上国に安価な食糧を生産し供給する方法では解決できない。現に今すでに安く作っているが、地球上では多くの人が飢えている。それとは違う、現実に機能する手法が必要だ。それは開発途上国の小規模農場の繁栄を促すことだ。小農が自給して貧困から抜け出せるだけの収入を生み出すようにする一方で、知識、適切な道具、自給しながら市場に出せる余剰の作物を作れるだけの土地を提供して、土地の管理をさせなければならない。
土という財産
多くの要素が文明の終焉に関わっているだろう。しかし、肥沃な土壌が十分に供給されることが文明の維持には必要である。土壌を使い果たして新しい土地に移動することを、将来の世代は選択できない。私たちの文明の寿命を延ばすためには、土壌を工業プロセスにおける資材や商品としてではなく、価値ある人類の相続財産として尊重するような農業に作り替えられるかどうかにかかっている。