19世紀の終わり、哲学の新潮流をヘーゲルの「3人の子供」が形成した
19世紀は、弁証法を駆使して壮大な学問体系を築き上げ、当時のプロイセンやヨーロッパ全体に影響を及ぼしたヘーゲルを越えることが哲学者たちの目標だった。そのうちの一人、実存主義を主張したデンマーク人のセーレン・キルケゴール(1813-1855)。ヘーゲルは、世界のあらゆる事柄は弁証法的により高次へとらせん的に進化すると考えたが、キルケゴールは弁証法的な進歩は100%思考上の遊戯であって観念の産物であると痛烈に批判した。そして人は自らの「主体的な真理」を求めて生きるべきで、優先されるべきは全体的な進歩ではないと、主体的な「実存」の在り方を強調した。これが現代の実存主義につながっている。
二人目はドイツ人のカール・ハインリヒ・マルクス(1818-1883)。ヘーゲルは絶対精神を実現するために社会は進化すると考えた。マルクスはヘーゲルの社会は進化するという考え方は強く支持したが、絶対精神という理念が分からない。世界を進歩させるのは、絶対精神のような観念ではなく物質なのだと述べた。物質とは社会の経済構造が生み出す生産力を指している。社会は土台(「下部構造」)となる経済構造の上に、政治・法制・イデオロギーなどの「上部構造」が乗る形で存在している。そして上部構造は下部構造によって規定され、両者は不可分に結びついている。従って下部構造である経済構造が生み出す生産力が、上部構造の意識を形成していく。生産力が変化すれば生産諸関係が変化し、それが歴史を動かす原動力となるのだ、と。唯物史観の誕生です。マルクスは資本主義社会ではブルジョワジー(有産者階級)が生産手段を独占しているので、それを持たないプロレタリアート(労働者)はただ酷使されるだけでブルジョワジーとの格差は拡がる一方である。マルクスはこのような労働の疎外を阻止するために、生産手段を公有化すべきであるという理論を確立する。しかしブルジョワジーが黙って公有化を認めるはずはない。そこで起きるのが階級闘争である。階級闘争に勝利すれば、生産手段は公有化されて社会主義国になり、次の段階に進めば共産主義の世界になる。それが世界の進歩である。このようにヘーゲルの弁証法を転換させた。
三人目はドイツ人のフリードリヒ・ニーチェ(1844-1900):ニーチェはヘーゲルの絶対精神も神の存在をも否定した。「神は死んだ」、世界に絶対的なものは何もないと考えると、人は虚無と向き合うことになり、ニヒリズム(虚無主義)に落ち込む。しかしそれだけではない、それでも前を向いて生きていこうとする強い人間はいるのだとニーチェは考えた。そう考える裏づけとなる思想があった。それは歴史の時間の捉え方で、ヘーゲルやマルクスが歴史は理想的な方向へ進化していくと考えたのに対し、ニーチェは歴史は永劫回帰していると考えた。人間はさほど賢くなく同じ過ちを繰り返し進歩していない。仏教の輪廻転生の思想と同様、歴史は永劫に回帰する円環の時間なのだと考えた。このような運命を受け入れて頑張っていく人間をニーチェは「超人」と呼び、そのように生きていこうとしたとき、一番大切にしている理念は力への意志であると考えた。結局頼りにすべきは自分自身しかなく、ニーチェはキルケゴールの宗教的な実存主義と比較すると、より強く人生を肯定する実存主義を確立させたといえる。ヘレニズム時代のストア派の哲学と似通っている。
20世紀の思想界に波紋の石を投げ込んだ5人
20世紀の哲学の世界は、カントやヘーゲルのような大山塊は築かれず、分断の時代であった。2度にわたる世界大戦、ヨーロッパの退潮と東西の冷戦、そして社会主義体制が崩壊して終わった世紀です。自然科学が非常に進んでいろんなことが解明された時代でもある。ここでは5人の哲学者で代表させて20世紀の哲学を語る。
(1)言語は記号であると考えたソシュール:ソシュールの考え方を三段論法で表現すれば以下。
- 言語という記号体系はシニフィアン(「意味していること」、すなわち一つの記号を表現した文字とその音声を指す)と、シニフィエ(「意味づけされていること」、すなわち一つの記号が持っている概念やイメージを指す)で成立している
- しかし、シニフィアンとシニフィエの間に必然的、本質的な関係はない
- それゆえ世界にさまざまな実体があって、それに人が逐一名前をつけるのではなく、人が世界をどう区切るかで、事物についての認識が成立する
ソシュールはどのように世界を区切るかが、実は一番大切だと気付いた。区切り方によって世界は変わるのだと考えた。最近の言語学者の大多数は、言語は思考のツールとして発達した、ものごとを考えるために言語が生まれたと考えている。従ってソシュールの考え方「人間は言語という記号を使い、世界に区切りをつけることによって世界を認識する」という思想は、最近の言語学に大きな影響を与えている。この思想は後述するレヴィ=ストロースなどにも受け継がれている。
(2)「現象学的還元」という難解な用語を使用したフッサールは最後の哲学者?:フッサールは、大脳に関する最先端の学問が明らかにしたことを、自分の論理展開によってすでに予見していた。「世界は現象であって実在はない。なぜなら世界は人間の頭の中にしか実在しないからである。そのような世界の実在を、人間はどのように確信できるのか」と。そして、いかにして実在を確信するか、その追求していく論理を「現象学的還元」という難解な言葉で表現した。
ペットボトルを例にとると、まずペットボトルを見ているあなた自身の存在、自我の存在が確認できる。「我思う、ゆえに我あり」に近い発想です。その次に、その自我を持っているあなた自身の体が実在していることが確信できる。自我という機能を有する大脳は、あなた自身の体に内在しているのですから。次に自分の体によって他人の体に触ってみたら、手もあり足もあり他人も人間であることが確信できる。他人も人間だと確信できたら、他人の身体にも大脳があり自我があることも確信できる。それを「他我」と呼ぶ。自我と他我が確信している対象物が同一であるなら、人間が客観的世界の実在を確信できることを証明している。フッサールはこのように理論づけた。フッサールの哲学は「現象学」と呼ばれ、カントの、人間は物自体を把握することができないという考え方を踏襲し、人間が認識しうる現象を対象に考えたのがフッサール。
(3)「語りえぬものについて、ひとは沈黙しなければならない」と語ったウィトゲンシュタイン:彼の哲学は前期と後期で大きく変化する。まずは前期から。世界は言語によって写し取られたものであり、言葉がなかったら世界は認識できない。そして客観的な世界は科学的な言語によって全部写し取れる、表現できると考えた。例えばニーチェが断言した「神は死んだ」という言語は何を写し取っているか?著書の末尾に「語りえぬものについて、ひとは沈黙しなければならない」と書き、科学的、唯物論的な発想を示した。
後期。科学的な言語を重視していたウィトゲンシュタインでしたが、現実問題として日常言語の中で人は生活していることを改めて考えた。世界とは何か、などと人間はふだんあまり考えない。だから日常的に交わされる言語が大切なのであって、科学的な言語を分析しても世界のことは分からないのではないかと考え始めた。そして哲学に与えられている課題は、神とは何か・歴史とは何かなどについて抽象的に考えることではない。そうではなくて、それぞれの民族や文化の中で生きてきた人間が、神とか歴史とかいう言葉をどういう意味で使っていたのか、それを分析することが哲学に与えられている課題であると、断言した。
(4)サルトルの実存主義はどのような状況下で構想されたか:サルトルの実存主義は無神論的実存主義と呼ばれ、神が存在しないとすれば、人間は「自由な実存として存在している」と考えた。しかし自由であるということは、人間は自らの意志によって人間の本質を作り出さなければならない。どんな人生を送るか、どんな未来像を描くかを自分で考えて実行していかねばならない。サルトルは「人間は自由の刑に処せられている」という言葉を残した。
しかし彼は第二次世界大戦後、アンガージュマン(フランス語で契約とか拘束などの意味)という考え方を折に触れて主張するようになる。人間は自分の置かれている状況に拘束されて生きている。それが個人の自由の現実である。しかし個人を拘束している現実に対して、個人が主体的に行動することは可能である。このように自由な個人が主体的に行動して、社会と自分自身の変革を実現させることを「アンガージュマン」と表現した。この思想は、第二次世界大戦でのナチスに対するレジスタンス運動が歴史的な原点となる。サルトル自身もパリのレジスタンス運動にシンパシーを感じ、参加していた。
(5)レヴィ=ストロースの構造主義はサルトルの思想を正面から否定した:レヴィ=ストロースは人類学者として東南アジアをはじめとして、世界各地の原住民の社会や文化の構造を研究してきた。南米の未開部族の実地調査も体験している。そのような研究活動の中で、文明社会と未開社会の思考について研究し、1962年に『野生の思考』を発刊した。この本の中で、ヘーゲルの絶対精神やマルクスの唯物史観、さらにはサルトルのアンガージュマンの思想を強く批判した。それらの進歩史観的な設計図に沿って世界は動いていないことを、未開部族の人々を調査する過程で実際に確認したから。レヴィ=ストロースの真意はサルトルらを批判する形で、西洋文明に対する批判を行うことにあった。パリに住んでバカンスを取って自由な思索にふけるサルトルのような人だけが人間ではない。どこかの山でイノシシを追いかけている人もいる。自然の中で自給自足している社会も数多くある。秩序だった近代国家だけが人間の社会ではない。その現実をもっと認識すべきだと。人間は科学的思考と野生の思考の2つの思考様式を持っているのではないかと彼は考えた。それではレヴィ=ストロースは、何が人間の主体的行動を規定すると考えたのでしょうか?
レヴィ=ストロースは、社会と人間の主体的行動との関係についてソシュールの言語学を深く研究した。ソシュールは言葉が世界を分けると述べたが、レヴィ=ストロースはさらに一歩進んで社会の構造が人間の意識を形づくると考えた。自由な人間も人間の主体的な行動も実は存在しない。人間は社会の構造の中でそこに染まって生きるのだと。このような思想は「構造主義」と呼ばれ、今日では自然科学的にも正解に近いとされている。
1955年にはブラジルでの少数民族を訪ねた紀行文の名作『悲しき熱帯』を出版。終章に次の言葉が出てくる。「世界は人間なしに始まったし、人間なしに終わるだろう」。自然の摂理の前で人間はもっと謙虚にならなければならないと。
レヴィ=ストロースの徹底的な唯物論の割り切った思考が登場したことで、人間の思考パターンはほとんど出尽くしたように思われる。自然科学が発達し脳の学問も進歩した結果、人間の世界から未知の分野は激減した。哲学や神学そして宗教が果たしてきた役割は、どんどん小さくなっていることは現在の世界の趨勢です。人々の哲学や宗教への関心が薄くなるのは当然かもしれない。しかし、人間が何千年という長い時間の中で、よりよく生きるために、また死の恐怖から逃れるために、必死に考えてきたことの結晶が哲学と宗教の歴史でもある。もしかすると、どこかに明日への扉を開く重大なヒントが隠されているかもしれません。筆者はそう信じてこの本を書いた。