『但馬と土木』セミナー:但馬は日本の土木文化の聖地→日本遺産へ

但馬の自然と伝統と人

11/7(日)「但馬は日本の土木文化の聖地」であることを発信するセミナーに参加しました。本当?どういうこと?という思いとワクワク感一杯で参加しましたが、期待を裏切らないものでした。セミナー冊子の冒頭は以下のようにあります。

但馬国生みの神・新羅の王子「アメノヒボコ」は”土木の神様”として出石神社にまつられ、土木学会創設者の一人である沖野忠雄、「砂防の父」とよばれ文化勲章受章者の赤木正雄も但馬の出身です。竹田城や生野鉱山・鉱石のみち・余部陸橋などすぐれた土木遺産も但馬にあります。

セミナーは3部構成で、なんといっても圧巻は、第1部の田辺眞人氏(園田学園女子大学名誉教授)による基調講演で(上の写真)、最後に「但馬を日本遺産にする」という壮大な提言で締められました。講演内容には地域を活性化し魅力あるところにするための発想がちりばめられていたので、忘れないようできるだけ忠実に記録しておきたいと思います。

第1部 基調講演 但馬は日本の土木の聖地

1.文化を活かした地域振興

(1)人の育成 個性を活かし・技能を活かす

(2)街の個性(自然の景観・文化の蓄積・情報の発信)

(3)地域振興のために

  内の人に 日常的 愛情 住み続けたい 定住促進 精神的利益

  外の人に 非日常 興味 訪ね続けたい 観光振興 経済的利益

2.文化活用が生む実利・・(省略)

3.「土木文化」は但馬の地域振興資源

(1)気づいたきっかけ 全国の菓子業界がお菓子の聖地・中嶋神社を但馬詣でしていた

(2)日本土木文化の聖地

  先史 天日槍(あめのひぼこ)の国産みと出石神社 :大干拓事業だった

  古代 茶すり山古墳と「まほろば」 :近畿最大級の円墳

  中世 天空の竹田城 :日本のマチュピチュ

  近世 生野銀山と明延

  近代 余部陸橋と神子畑鋳鉄橋

(3)人材 沖野忠雄(土木学会創設者の一人) 赤木正雄(砂防の父) 北垣国道(京都府知事として琵琶湖疎水を完成) 太田垣志郎(黒四ダム建設を陣頭指揮)

これ以外にも但馬にはお宝があり、①ジオパーク、②国府・国分寺、③六分一殿の拠点(山名氏)、④沢庵、⑤桜井勉(日本の天気予報の創始者。但馬を鳥取県ではなく兵庫県に合併させた立役者)、⑥斎藤隆夫(大政治家)

4.未来への提言

(1)継続的事業展開=セミナーを継続する

(2)関西万博に向けて土木業界と連携して発信する(「時」を逃さないことが大事)

(3)「土木文化の聖地」但馬を日本遺産にする

第2部 紙芝居 但馬国生みの神様『天のひぼこ』 大森くみこ氏(活動写真弁士)

大森くみこ氏によって、但馬国生みの神「アメノヒボコ」物語を、15枚の紙芝居を使って語られた(下の写真)。

因みに、紙芝居は「ふるさと紙芝居の会」の皆様によって作成されたもので、2枚のみ下の写真で紹介します。

円山川下流域はたいへん洪水が多い場所で、この地を開拓した人々は非常に苦労したであろう。『出石神社由来記』には、アメノヒボコが「瀬戸の岩戸」を切り開いて、湖だった豊岡周辺を耕地にしたと記されているという。(出典:兵庫県立歴史博物館の『アメノヒボコと伊和大神の足跡』より) 下の写真は「瀬戸の岩戸」を切り開いているところ。その下は、岩戸が開削されることによって湖の水が排水され耕地として開拓された豊岡平野。

第3部 講談 ”砂防の父 赤木正雄”伝『砂防一路物語』 旭堂南海氏(講談師)

大変面白かったが、時間が30分と短く、赤木先生の青年期くらいまでしか聞けなかったのが惜しい。ぜひ全生涯の講談を聞きたいものだ。ただいつそれが実現するか分からないので、図書館で伝記本を借りて来た。

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