踊る町工場:社員15倍・見学者300倍

 農業・地域再生

たまたまネットニュースでこの本を知り、読んでみた。会社経営および地域活性化に見習うところ大だと思うので、概略を紹介したい。

(株)能作は、1916(大正5)年創業の鋳物メーカー。富山県高岡市で400年の歴史を持つ鋳物技術を受け継ぎ、仏具、茶道具、花器、近年ではテーブルウェア、インテリア雑貨などを製造。能作克治社長は、大阪芸術大学で写真とデザインを学び、卒業後は大手新聞社の報道カメラマンとして3年間勤務。(株)能作の一人娘との結婚と同時に婿となり、1984年27歳の時に義父の会社「有限会社ノーサク」に入社(2002年克治氏が社長就任時に「(株)能作」に改組)。伝統を絶やすわけにはいかない、もともと美術志向でものづくりに興味があったことから、職人の世界に飛び込んだ。しかし肩書こそ「専務」と立派だが、月給は13万円、年収は約150万円と、報道カメラマン時代の1/3以下。

正常血液量の1/2を下血、瀕死の状態に

鋳物職人の仕事は過酷だった。流し込む前の溶解した真鍮は1200度を超える。砂と汗で四六時中体はベトベト。1年間で体重が30キロも減るハードワーク。朝早くから夜遅くまでがむしゃらに働く毎日。人手がないので土日もない。昼食は5分ですませすぐに作業に戻った。過労から下血が止まらなくなり、トイレで倒れ、瀕死の状態で病院に運ばれ、緊急輸血。全血液量の1/3が失われるとショック死してもおかしくないところ、半分も失われており、3週間の入院。退院後もこれまで以上に働き続けた。そうしないと、高岡の鋳物業界は不景気で廃業が続き、能作の経営も火の車だった。

背筋が凍り付いた、ある母親の何気ない一言

伝統を受け継ぐ職人としての誇りが毎日を支えていた。しかし今から30年ほど前、その誇りが揺らぎかけたことがある。当時にしては珍しく工場見学したいという親子が訪ねてきた。小学校高学年の男の子と母親だった。嬉しくなって鋳型の造型の作業を見せたところ、母親はさほど興味を示さず、それどころか克治氏に聞こえる声で、息子さんにこう言った。

「よく見なさい。ちゃんと勉強しないと、あのおじさんみたいになるわよ」 (僕の注:かつてお百姓さんも同じように言われた。)

母親の心ない一言に凍り付いた。地元の人が鋳物職人の地位を低くみなし、伝統産業を軽んじている現状に、唖然とした。そして悔しさに震えた。この日克治氏は心に決めた。「鋳物職人の地位を取り戻す」。そのためには「地元の人の意識を変えよう」と。

3K職場のイメージを払拭する3つのこと

「鋳物の魅力」「地域の魅力」「職人の実力」を知ってもらうため取り組み始めたのが次の3つ。

  1. 技術を磨いて問屋の信頼を得る
  2. 自社製品を開発・販売する
  3. 工場見学を受け入れる(産業観光に力を入れる)

1.技術を磨いて問屋の信頼を得る

高岡の鋳物産業は多くの伝統産業の産地と同様、問屋制。問屋が、各工程を担当する専門業者の分業(能作は鋳物素材を問屋に卸す生地メーカー、他に生地に着色や彫金する加飾、溶接や研磨する仕上げメーカーがある)を取りまとめ、販売店に卸す。だからまずは問屋に認めてもらう必要がある。しかし当時の能作は、製品のクオリティーが低く、問屋から嫌がられていた。そこで、競争相手の同業者にも教えを請いながら、一つひとつの仕事を丁寧にやっていった結果、入社10年が経った頃には多くの問屋から、「能作は高岡で1、2位を争う鋳物屋だ」「能作につくれないものはない」「能作に頼むと安心できる」と評価されるまでに成長した。

2.自社製品を開発・販売する

当時の能作は仏具、茶道具、花器を作る下請け業者だったが、高岡の鋳物生産は年々衰退しており、問屋からの発注量も減っていった。危機感を抱き、自社製品の開発に取り組んだ。

3.工場見学を受け入れる(産業観光に力を入れる)

高岡の人に、「高岡銅器は衰退産業ではない」「高岡の鋳物の技術は世界に通用する」ことを示すため、能作では1990年から無料で工場見学を受け入れている。2017年に新社屋を竣工してからは、鋳物製作体験工房やカフェ、ショップを併設し、産業観光の拠点として注目されるようになった。産業観光とは、工場やものづくりの現場を観光資源として活かす取り組みで、企業博物館や工場見学などを指す。

このような取り組みが少しずつ地域に認められ、職人に対する偏見は「憧れ」に変わり、3K職場として見向きもされなかった能作に、今では職人希望の若者が全国から集まってくる。幼少期の工場見学がきっかけで、後に職人として能作に入社した女性社員もいる。事業の拡大に伴い職人は約60人まで増えた。平均年齢は32歳。

旧社屋には移転前年(2016年)で年間1万人の見学者が訪れたが、新社屋では初年(2017年)に5万人、さらに現在では月1万人、年間12万人の来場が続いている。克治氏が社長に就任した2002年と比較すると、見学者は300倍に増えた。

能作の「しない」経営方針

  • 能作は「儲け」を優先しない…「楽しむこと」を優先する
  • 能作は社員教育をしない…自分で気づかせる
  • 能作は営業活動をしない…営業される側になる
  • 能作は同業他社と戦わない…共創する

以上、ほんの一部で、まだまだ紹介したいことは一杯あるが…。是非本を読んでください。

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